NHK大河ドラマ「いだてん~東京オリムピック噺(はなし)」の視聴率が過去最低を更新中である。関東地区の平均視聴率は、初回こそ15.5%とまずまずであったが、4月28日には7.1%となり過去最低を記録した。さらに、6月9日には、6.7%へと下がってしまった。

 

この不調の原因は色々語られているが、筆者は、時代が行ったり来たりする映画『バック・ツー・ザ・フューチャー』のような難解さと、ビートたけしの起用に問題があったと思っている。あの活舌の悪さでは、到底大事な舞台回しの役は務まらない。

 

一方、世間がそっぽを向いている番組であるが、スポーツ好きの筆者は、文句を言いながらも毎回お付き合いをしている。筆者がこの番組の中で特に興味を持ったのが、1912年(大正元年)にスエーデンで開催された第5回ストックホルム・オリンピック大会である。

 

主人公の金栗四三(かなくり しそう)は、日本人として初めてオリンピックに参加をする。当時、マラソンで世界最高記録を持っていた金栗は、熱中症のため途中棄権をしてしまう。マラソンに参加した全68選手のうち34選手が途中棄権をするという過酷な競技であった。

 

マラソン競技が開催されたのは7月14日のことであるが、この日のストックホルムの最高気温は40度にも達していた。日陰でも32度もの気温であったという。北欧のストックホルムにおける7月の平均気温は22度程度だというから、いかに異常な暑さであったかが分かる。

 

このマラソン競技の最中に、当時のスポーツの世界を震撼させる大変な事件が発生する。ポルトガルのマラソン選手、フランシスコ・ラザロ(写真)が極度の脱水症状から命を落としてしまうのだ。新約聖書の中で、有名な「ラザロ」はキリストによって命を回復させられるが、このラザロにはそのような奇跡は起こらなかった。

フランシスコ・ラザロ(ポルトガルのマラソン選手)
フランシスコ・ラザロ(ウィキペディアより)

 

一方、ひょっとすると、ポルトガルのラザロに起きた悲劇が2020東京五輪で再現する可能性があるのだ。リスクマネジメントの世界では、「想定される悪いことは必ず起きる」、という格言がある。東京五輪が悪夢にならぬよう、最悪の事態を想定して対処すべきである。

2020東京五輪の競技日程と想定される暑さ

2020年東京五輪は、7月24日(金)に開会式が開催され、8月9日(日)の閉会式で幕を閉じる。下の写真は開会式と閉会式などが催される新国立競技場である。

新国立競技場
建設が進む新国立競技場(“Japan Sports”より)

 

競技日程は既に決まっており、肝心なマラソン競技は、女子が8月2日(日、6時~)、男子が8月9日(日、6時~)開催となっている。ご存知のようにこの時期は、1年中でも最も暑い時期に当たっている。
どれほど暑いのか、昨年のこの時期の気温を調べてみた。

 

昨年8月2日(木)の東京の最高気温は37.3度に達している。最低気温でも26.7度である。1日中真夏の太陽が照り付け、まさに、灼熱の地獄ともいってよい日であった。この日は、日本付近の上空で太平洋高気圧とチベット高気圧が重なり合う状態になり、各地で気温が上昇している。岐阜県美濃市で39・8度、名古屋市三重県桑名市で39・6度などを観測している。

 

このような暑さが、来年も続くと考えておくことは当然であり、さらに悪い事態も想定すべきである。

例えば、今年7月のヨーロッパでは異常な高温が続いている。熱波による猛暑が深刻で、フランスでは過去最高の45.9度を記録したという。フランスの保健省は「生命に危険がおよぶレベル」だとして、日中の運動を避けるように呼び掛けている。同地では過去に44.1度を記録したこともあるといい、その年は約1万5千人が熱中症で命を落としている。地球温暖化の進行は、極端に暑い地域とその真逆の地域を同時にもたらすのだ。

 

ところで、最高気温が35度を超えそうな時には、気象庁は“高温注意情報”を発表する。この注意情報が発表されると、テレビなどは、「不要な外出を避け、エアコンを利かせ、小まめに水分を補給」するように促すことになっている。スポーツを行うどころか、スポーツの観戦すら避けなければならないのだ。さらに、東京五輪については、いくつかの暑さ増大のリスクがある。

 

まず、東京固有の問題である。それは、都心部が“ヒートアイランド現象”によって暑さが極端に増幅するということである。ビルの出すエアコンの熱気がビルの谷間にたまってしまうのだ。東京五輪のマラソンでは、東京の都心部を縫うように走ることになっている。

 

また、大勢が詰めかけるファンの熱気も暑さの増幅要因である。さらに、日本固有の湿気が多い、うだるような暑さは外国人には未体験のリスクである。このような気象条件の下でのマラソン競技など、本来は避けるのが常識なのである。

東京五輪マラソン:最悪の事態を想定する!

2020東京五輪のマラソンコースは、国立競技場を出発して同じ競技場に戻ってくる42.195キロである。国際陸連からの「都内で象徴的な名所を含んでほしい」という要望に応え、浅草、日本橋、銀座、増上寺、東京タワー、皇居外苑といった観光スポットを巡る設定になっている。

 

このコース設定のどこで、どのようなリスクが潜んでいるのか?8月2日に開催される女子マラソンの場合を想定して、最悪の事態を選手と観客に分けて考えてみよう。

 

まず選手のリスクである。選手は、朝の6時という比較的しのぎ易い時間にスタートをし、最初の5キロほどは下り坂が続くため、問題はないはずである。その後は多少のアップダウンがあるが、概ね平坦な都心部を走るため、増上寺の25キロ近辺までは暑さのリスクはそれほど大きくはない。

 

一方、増上寺を過ぎて皇居外苑にいたる30キロ程度までの道のりが第一の難関である。

8時に近付くため、気温が30度前後となるはずである。この区間は広大な道路であり、高いビルや街路樹などさえぎるものがないため、太陽が容赦なく選手に襲いかかる。二重、三重に詰めかける観客の熱気が選手を襲う。この区間で、かなりの選手が途中脱落をするはずである。

 

その後、マラソンコース中の最悪の難所が待っている。それは、飯田橋駅のある37キロ付近から始まる上り坂のコースである(写真)。

東京五輪マラソンコース最大の難所(四谷四丁目への上り坂)
東京五輪マラソン、最大の難所(“NEWSポストセブン”より)

 

体力を消耗している選手達は、ここから始まる約5キロの坂を上り切らなければならないのだ。

このコースで、第二の“ラザロ”が出るとすればこの区間である。どうしてこれほど過酷なコース設定をしたのか、まったく理解に苦しむ。あの高橋尚子選手ですら苦しんだコースである。

 

一方、観客の方にも多くのリスクが潜んでおり、場合によっては選手以上に大きなリスクがある。それは、“同時多発的”に発生する熱中症のリスクである。多くの外国人が同時に、あちこちで熱中症によって体調不良を訴えたり、倒れたりするリスクである。

 

まず、周囲の日本人は言葉の問題から十分な対応が出来ないはずである。救急車の出動が遅れる上に、交通規制が敷かれているため多くの救急車は動きがとれなくなる可能性が高い。患者への手当てが遅れ、最悪、数十名~数百名の死者が発生する。

その後に予定されている男子マラソンなど過酷な競技には選手はボイコットを宣言するだろう。

世界中から非難が集中し、東京五輪は興行中止に追い込まれる。

これが最悪事態の想定である。

最悪の事態への対処

そもそも、1年中でも最もスポーツに向かない時期に、世界最大のスポーツの祭典を開催することが無謀なのである。欧米の巨大マスメディアなどからの巨額な放映権を得るための措置であるが、欲望の資本主義の結果である。その犠牲者が選手であり、世界中から集まる観客である。

 

それにしても、今さら開催時期の変更を申し出ることは不可能である。あまりにも影響が大き過ぎるからである。

 

一方、オリンピック委員会なども、マラソンなどの暑さ対策を色々講じている。マラソンコースの各所にミストシャワーを設置したり、遮熱性舗装を施したりするという。さらに、打ち水や散水などを小まめに行うという日本的な手も考えられているという。

残念ながら、いずれも“付け焼刃”に過ぎず、リスクへの抜本的な対策にはなっていない。

 

それでは、どんな案が抜本的な解決策としてありうるのか?

筆者が考える抜本的な解決策は、マラソンの開催場所を札幌に切り替えることである。札幌では毎年「北海道マラソン」(写真)を夏に開催しており、運営のノウハウは十分である。

2018年北海道マラソン
真夏に開催される「北海道マラソン」(Run Away Free より)

 

昨年、筆者はこの大会の開催時期に札幌に行っていた。かなりの暑さではあったが、東京に比べれば天国と地獄である。主催者や役人たちは、開催場所の変更が不可能な理由を並べ立てるに違いない。その時に役に立つのが“最悪事態の想定”なのである。

下手をすれば死者が生じかねず、オリンピック自体を中止に追い込まれる事態に比べれば、マラソン競技の地方移転などは大した代償ではない。

 

第二の“ラザロ”を出すな!
これを合言葉にして最悪の事態への対処を願いたいものである。

 

《 結論 》

最悪の事態を想定して対処する、これは日本人が最も苦手なことだとされている。古くは太平洋戦争への突入であり、最近では東電・福島の原発事故の発生である。

日本人は、楽観的な見通しを立て、最悪の事態に遭遇して慌てふためく。

こんな愚を繰り返してはならない。

幸い、今年の4月から、北海道知事は東京都の職員であった鈴木直道氏である。

東京都と北海道が連携をとるのだ。